#恋ボク 執筆裏話 7話 〜人生で一番美味しかった牛肉〜

「去年はヤフーBBの話でバズったので、今年も何か違うネタで書いてみますよ。改めて株主にもなったし」
とstorys清瀬さんに対して、意気揚々と執筆を宣言していた。

締切が2018年2月だった。僕はモスバーガー東高円寺店や日本橋コーヒービーンズ喫茶店にて、ボロボロのMacBookを持ち込んでシコシコとstorysの原稿を書いた。ビジネスタイムは避け、土曜日の午前中や平日の早朝に、昔あったことを思い出しながら書く作業は、脳の奥にしまってあるタンスの奥を掃除するような感覚で、耳かきカフェみたいな気持ちよさがあった。「あー、そういえばあんなシーンあったなー」などと空想しながら、一方でどういう文体で描けば分かりやすいか、に頭を捻った。

何とか細切れ時間を使って締め切りギリギリに書き上げてサイトに投稿した。


前回は投稿したらすぐにバズりはじめたのだが、今回は一向に反応がなかった。

バズらせた実績のあるオレの1年ぶりの大作。しかも、前回のヤフーBBの物語よりも、今回の惣菜屋を潰した話の方が内容には自信があった。すくなくとも前回いいね的なことをしてくれた人が5,000人ぐらいはいたはずだから、その人達から「おおー、2作目はもっとすげーぞこれ!」ってなるに決まってると思っていた。

「何でなんだ?おかしいぞ」

改めてstorysのサイトをチェックしにいった。

すると、僕の前回の「ヤフーBBの話」のシェア数がゼロになっていた。サイトリニューアルでゼロになっていた。僕は思わず清瀬さんにメッセした。

何も解決しなかった。

これはもはや恥ずかしいけれど、自分で拡散するしか無いと思ったが、ツイートボタンがなく、拡散することすらできなくなっていた。

プロダクトに口を出す、うるさいオッサンである。僕は実はPLBSなどの財務諸表よりも、プロダクトに口を出す方が得意なのだった。

恥を忍んで、自らツイートし、facebookにもポストするしかなかった。
「バズりました」と結果を報告するならまだしも、自ら一生懸命拡散させようとする姿はSNS上にいるオジサンで最も見苦しいと言われる行為の一つである。

ツイッターではスベり、何とかリアル知人の多いfacebookにて義理チョコ的ないいねやシェアを頂いた。

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1ヶ月ほど経過した。

ムハマド・ユヌスさんと吉本興業さんの提携発表イベントは3月下旬に控えていた。僕はいくつかスタートアップ企業をご紹介したので、

「今度、大阪本社の方で内々の食事会やるので来てください」と招待を受けた。

食べログをチェックすると、「会員制高級牛肉」「一見さんお断り」「芸能人やプロ野球選手が来る」と書いてあった。普段、ガード下のやきとんと白ホッピーを主戦場とする僕にとって、久々の大舞台だった。

「牛肉」自体もサミット(スーパー)でアンガスビーフの硬いやつ、100g180円ぐらいのものが主食なので、高い牛肉は久しぶりだった。

店内はコの字型のカウンターで、料理長と女将さんが真ん中で次々と料理を出すスタイルで、ちょっと広めの高級寿司屋さんのようだった。カウンター15席、奥の座席も加えると25名ほどしか入れず、貸し切りスタイルだった。

座席は既に決まっているようで、僕はコの字席の入口近くだった。7割は吉本興業さんの幹部社員や若手の方で、残り3割は招待客のようだった。日本語がしゃべれない外人さんも2、3名いた。僕は吉本興業の社員さんに挟まれて、小さくチョコンと腰を掛けた。ほとんどの方と初めてだったので、冒頭から名刺交換がはじまった。

僕は知らない人との名刺交換というのが苦手だった。もはや定職がなくて、いくつかの会社で社外役員をやっていて名刺だけは渡されたりするのだけど、「一体自分は何者なのか?」と人に説明するのが面倒だった。

そんな中、お一人だけ、僕の名前を知っている方がいらっしゃった。

「あのー、もしかして、storysでお話を投稿されているスダさんですよね」

まさか、こんな高級料亭みたいなところで、「あのストーリーを投稿されているスダさんですよね」と言われるとは思わなかった。

その方は吉本興業×storys「カタリエ」の責任者の方だった。名刺交換しながら、
「こんな場で恐縮ですが、スダさんの作品が大賞になってしまうかもしれないのですが、いいのでしょうか?(お名前とか出てしまっても)」

といった内容だった。

そう、今回の会食ご招待は「吉本興業×ムハマド・ユヌス」プロジェクトに協力した「スタートアップ界隈の人」としてである。「吉本興業×storys カタリエ」に投稿した「作者」ではない。とてもややこしいのだが、たまたまこフィクサー的な動きをしたオッサンと物語を書いたオッサンが「同一人物」なのである。偶然、「同一人物」だった。

だから、会食の席では吉本興業の大崎社長にご招待された「スタートアップ界隈のフィクサー」風のVIP(?)かのように勘違いされ、吉本興業の現場責任者の方にとっては、そんな大御所が何やら惣菜屋を潰したとかショボい話を投稿してきて、でもその内容がそこそこ面白くて、300作品の中から大賞をとってしまいそうで、でも大物フィクサーがそんなショボい作品とともに本名を出していいのだろうか?と、わざわざご心配して頂いたのだろうと僕は推測した。

僕は
「もちろん、大賞でお願いします!書籍化、頑張ります!」

と答えた。

会食で頂いた牛肉料理の数々は、これまでの人生で一番美味しい牛肉だった。

ムハマド・ユヌスさんのイベントは3月28日に、ペニンシュラホテルにて大々的に行われた。

https://forbesjapan.com/articles/detail/21553#

個人的にはゆりやんレトリィバァさんの「昭和の女優の喋り方ネタ」が無茶苦茶面白かった。

<つづく>