#恋ボク 執筆裏話 3話 〜エムグラムとクイズ大会〜
2017年2月。storys清瀬さんとの初面談のあと、ちょくちょくメッセージのやり取りをするようになった。
それから1ヶ月ほどたったある日「今、少しだけお電話してもいいですか?」と電話をかけてきた。
僕は電話が嫌いだった。
会議中とか出られないし、履歴残らないし、仕事では「メッセで送ってください」と冷たくあしらうことが日常茶飯事だった。どうも、履歴に残したくない相談みたいだ。
まあ何となく想像は出来ていた。
会社名も「コインチェック」に変更していたし、どう考えてもメイン事業じゃない。
storys.jpの「事業売却」だ。
僕は前職のアエリア時代にM&Aのシゴトもしていたので、要は第三者的なアドバイスが欲しいとのことだった。
清瀬さん自身は引き続きstorys.jpの運営に携わりたいとのことなので、買い手が誰になるかはとても重要だ。
M&Aというのは「バリュエーションは●億円」などと数字のニュースばかりが目立って独り歩きし、「儲かりましたね!」とか「のれん代回収できんのかよ」などのコメントがネットでは飛び交うが、そんな「数字」ベースのことばかりが取り上げられるが、本当は「中ではたらく人」が重要だ。
事業譲渡されたあと、新しい資本家のもとで、本当に中の人が引き続き価値を向上できるのか?
「PMI」などといって買収した後が大変ですよなんてのは言葉では分かっているけど、やったことある人は全然いない。
どこに買われるかに関わらず、まずは「清瀬さん」個人がどんな価値観な人なのか、などを把握しなければ、マトモなアドバイスは出来ない。
2017年5月に初めてランチをした。清瀬さんがお世話になっている出版社のWさんと3人で、神楽坂にある落ち着いた和食屋さんだった。古民家のような作りの佇まいで、漆黒で艶がかった階段をあがって2階に通されると、畳の香り漂う個室に通された。窓からは小さな庭が見え、梅の木にウグイスが止まっていてもおかしくないような趣があった。
それぞれの自己紹介など、ざっくばらんに話した。誰もが自己主張することない会話が続き、時間がゆっくりと流れた。2時間ほどのランチだった。神楽坂上でWさんとは別れ、僕と清瀬さんは坂を降りていった。「もう少し話しませんか?」と声をかけ二人で坂の下にあるカフェに入った。
清瀬さんは僕が今まで付き合ってきている「起業家」とは全く異なる性格や価値観の持ち主であることが分かってきた。storysという人の物語を提供するプラットフォームを熱心に運営しているだけあって「人への共感」が強い。
当時SNS上で「エムグラム」という性格分析サービスが流行っていた。IT界隈の人間がこぞってログインして自分の性格分析結果をSNSにアップしていたのだ。今後の事業譲渡を通じて「起業家」になろうとしていた清瀬さんのエムグラムはこんな感じだった。
僕がSNSで見ていた10人ほどの起業家のエムグラムとは全く異なるものだった。
起業家はどうしても「オレオレ」な自己主張の強いタイプが多い職種であるけれど、清瀬さんは真逆のようなタイプだった。
その日はカフェで「実はクイズも好き」「あ、オレも好きっすよ」みたいな話にもなり、清瀬さんのお誘いで7月にクイズ大会に誘ってもらった。
僕と清瀬さんの距離は少しずつ縮まっていた。
<つづく>